さ、寒い

うちは岐阜山間部から吹く冷たい風、伊吹おろしがダイレクトに当たる地域なので実際の気温よりも体感温度がかなり寒いです。
おまけに家の築年数が古いので隙間風がビュービュー。
朝起きるとキーボードやマウスが氷のように冷たくなってます。
灯油代の節約のために小さな電気ヒーター1個で我慢していましたがさすがに今日の寒さには限界を感じたので湯たんぽを抱いて仕事してます。
焼け石に水かと思ったら意外にもこれが暖かくて(・∀・)イイ!
エコロジーにも貢献できるし湯たんぽおすすめですよ。
(低温やけどには要注意)



ブログランキング・にほんブログ村へ
▲応援クリックお願いします

自分の発達障害傾向

発達障害の話の続きで、私自身の話です。
興味が無い人は読み流してくださいね。

私は医師の診断は意図的に受けてないですが、自閉症スペクトラム自己診断チェック
38点(閾値超え)で、自分の子供の頃からの特性を客観的に分析しても軽度の発達障害に属していると考えています。
いくつか実例を挙げます。

1:空気の読めなさ
中学に入りたての頃、周囲と馴染めなかった自分に対して、教師が近所の同級生に登校時にうちまで迎えに来させていた際の話。
同級生がいつもよりも早くうちに迎えに来ても、それに合わせて自分の準備を早くする必要性を悟れず、普段どおりのペースで動いて平気で同級生を庭に長い間待たせていました。それを見かねた親に叱られたが、それでもなぜ自分が叱られるのか理解できませんでした。

2:モチベーションが極端
幼い頃は良い成績を取ると親や教師に褒められる事がうれしくて勉強していましたが、もともと授業そのものには興味を持てませんでした。小学校3年生にもなると完全にモチベーションがなくなり、それ以降全く勉強をせず、学校では空想の世界に浸ってばかりいて成績はほぼ全て1か2になりました。
成績が悪い事をどれだけ大人から咎められても、興味がもてない事を我慢してやる事は自分にとっては地獄であり、だんだんと自分の殻に閉じこもるようになっていきました。
余談になりますが、イジメも小学校の時からあったものの、中学2年ではイジメというレベルを超えて暴行に変わり、一時は心の病気にもなって廃人寸前まで追い込まれました。
人生に対するモチベーションが復活したのは18歳でコンピュータに出会って楽しいと思い、21歳で「プログラマになる」という目標ができたおかげです。一旦興味を持てば何時間でも納得がいくまで続けてやる気質なので、今度は逆に「勉強しすぎ」と叱られました。要するに「適当にやる」という事が難しいタチなんですよね。
もしプログラミングに出会っていなかったら今も廃人のような暮らしをしているか、この世にいなかったかどちらかだったと思います。

3:馬鹿正直さ
初めて会社に就職した時、給与の振込口座を教えてくれと言われ、それまでそう言われた経験がなかったので、口座番号だけでなく暗証番号まで教えて失笑を買いました。「暗証番号を人に教えるともしかしたら不正に引き出されるかもしれない」という推論ができず、人からそのことを教わるまでその重要性が自分ではわからなかったためです。

4:冗談が通じない
仕事で困難なプロジェクトに直面した際、社長が冗談で「もしできなかったらみんなで逃げよう」と話していました。日が経つにつれ進捗状況がやばくなってきた時、その社長の言葉を思い出して本気で「これは逃げる事になる → これ以上仕事を続けても無意味」と思ってそれ以降仕事をする気をなくしました。
見かねた先輩が助け舟を出してくれて皆が何日も徹夜して結果的にプロジェクトを完遂できましたが、後で社長から殺されそうな勢いで怒られました。ネタと思われるかもしれませんが本当の話です。
当時は本気で「だって社長がやばくなったら逃げると言ったじゃないか(´・ω・`)」と理不尽に感じていました。経験を積んだ今なら、そういう発言はその場で聞き流す冗談なんだとわかります。

5:あいまいな説明がすぐに理解できない
運転免許を取るために自動車学校で車道講習を受けていた際。
教官は「次を左」などと言いますよね。
私はその「次」が「次の大きな交差点」を意味する事がすぐには理解できず、すぐ目の前にある狭い横道に急ハンドルで入ろうとして教官をビビらせました。教官は血相を変えてハンドルを掴んできたからよっぽどその行動が変だったんでしょう(自分ではよくわからない)。
この時もやはり「普通こんな道に入らないだろう!」と大声で怒られました。
だって教官が(以下略)
私にとって免許取得の難易度はたぶん、普通の人の3割〜5割増しです。

こういうエピソードは他にも挙げだしたらきりが無いほどありますがそれはまたいつか書くかもしれません。こういう特性が原因で自尊心を失っていた人や今現在失っている人は私の他にも大勢いると思います。



ブログランキング・にほんブログ村へ
▲応援クリックお願いします

準ひきこもり(その2)

http://www2c.biglobe.ne.jp/~agnus/dls/060513tempA.html
こちらのAgnusさんという方は、準ひきこもりは基本的に発達障害が第一の原因という考え方をされていて、当事者としての立場から樋口氏の論文の問題点の指摘をされています。
私もこれにほぼ同意です。ほぼというのは、発達障害が原因ではないケースも(確率的にはわずかでも)無いとは言いきれないためです。

発達障害が原因であった場合の対策方法について、Agnusさんが的確な指摘を書かれているので引用させてもらいます。
対策の第一歩は、該当する学生各々が自分と同様の「症例」の存在とそのバリエーションを知り、自分のできることとできないことを自らの分析によって明確にすることです。そこを押さえれば、もともと知恵のない人ではないのですから人間の社会の中で自分が占めることができる場所を探すことくらい、自分で始められます。始められたものの結局それが見つけられなかった場合に初めて、周囲からも手をさしのべる意味が生まれます。樋口先生の提案する上記の対策は……またたとえ話で恐縮ですが……地雷原でマラソンさせることによって目の見えない人に透視能力を身につけさせようとするようなものです。それでは神経症にならない方がどうかしています。


全く同意です。
そして発達障害が原因ではないケースでも、自分と世界との関係性をよく分析し、自分の意思で行動を選択する事が唯一の道である事は確かです。

ついでと言ってはなんですが最後の部分についても興味深いので引用。
ところで、「社会に適応するための力」を身につけることが結局できなかった人はどうすればよいのでしょう。いっそ安楽死用の薬剤でも与えますか?
私はそれもいいのではないかと思いますよ。 
「この世界では引きこもることすら(物理的、経済的に)許されない」ならば、「生きていくこと=人付き合いすること」になってしまいます。「準ひきこもり」の人にとっては「人付き合い=苦痛」です。従って結局「生きていくこと=苦痛」となってしまうわけです……もしも「社会に適応するための力を身につけられない」ことすら許されないのならば。
私たちがもしもそんな社会しか作れないのなら、そこに居られない人には安楽に退場していただくというのも、ひとつの立派な、「人間的」な解決策だと思います。まじめな話。

ご自身で自閉的気質と言われるだけあって、とても「自閉的」で、洗練された考えです。
私も内心では実は同じ考え方をしてます。
本当に解決方法がないと悟ったなら死ぬ選択もあるという発言なんて、一種のタブーですよね。自閉気質の人は「理屈ではなくとにかくそれを言っちゃだめなんだ」では理解できません。そして非自閉者は自閉者の「それが理解できない」という事が理解できない。
こういう脳の機能的差異による考え方の溝を埋めて、相互理解が深まらないとひきこもり・準ひきこもり問題はこの世から無くならないでしょう。


ブログランキング・にほんブログ村へ
▲応援クリックお願いします

テーマ : 自分らしさ - ジャンル : ライフ

準ひきこもり

水のしずくのサイト上で使っている「社会参加者」という言葉を「準ひきこもり」にしようと思っています。
「準ひきこもり」という概念を最初に提唱したのは富山国際大学の樋口教授。
論文はネット上で読めます。
大学生における準ひきこもり行動に関する考察(PDF)

水のしずくで「準ひきこもり」という言葉を使いますが、言葉の用法として樋口氏の論文の内容に全面的に同意するものではない事を最初にお断りしておきます。
というのも、この方が言われているように
樋口氏の論文は、状況認識は正確だが、処方箋が大きく間違ってしまっていて保守的価値観の反復に終わっている。状況を正確に判断した上で、その現象に対する原因理解をした上での処方箋が必要
だからです。

論文の具体的な問題点の指摘はすでにネット上で大勢の人がされていて、あえてここで反復する必要もないので「準ひきこもり」で検索して読んでみて下さい。
ここではそれらと重複しないと思った点についてだけ書きます。

【樋口氏の保守的価値観】
極めて自閉的かつ無為に過ごすのだから、社会性がほとんど身につかず、卒業しても会社での激務など到底できない。立ち直るのは難しくそのまま人生自体を無駄にしかねない。
だから社会性を身につけなければいけないという論調。
この論文だけではなく社会全体にこの風潮があるように感じるんですが、私は個人的に「社会性を身に付けない人生を送るという選択もあり」だと思っています。
誰とも交流せず孤独に物語をひたすら書き続けて死後に作品が発見された「ヘンリー・ダーガー」は生き方は完全に「準ひきこもり」ですが、彼の生き方が間違っていると主張する人は見かけません。逆にアウトサイダー・アーティストと呼ばれ高い評価を受けています。
しかし現代の「準ひきこもり」は問題視され、矯正が必要だというこの矛盾が、現代の価値観の不完全さを表しています。

「卒業しても会社での激務など到底できない」などの全く根拠の無い決め付けも理解できかねます。対人関係が苦手でも、自分の得意分野を伸ばして自分なりの人生を立派に送っている人は大勢います。運悪く得意分野が見つからず、本当に会社についていけなかったとしてもその体験や悩みもまた大切な人生の一部です。そうした挫折を身をもって体験する事で、はじめて自己分析・自己修正が可能になります。
その生き方に問題があるという穿った見方こそ偏見の塊であり、問題です。
私事ですが、16歳頃から人と関わらない生き方を選択したはずなのに、気がついたら自分から関わらなくても人のほうから関わってきてくれるようになっていました。
「自分が変われば世界が変わる」というのは実体験からそう思えます。
ブッダは「人生は苦だ」と言ったそうですが、苦をとことん突き詰めていくと不思議な事に、いつのまにか自分は苦のなかにはいないんだと思えるようになります。逆に、楽を探せば探すほどどんどん苦しくなっていく。
準ひきこもりは楽を追求する社会が生んだ現象じゃないかと思います。
幸福な生き方というもののレールが実在するかのように教育されてきて、成長するにつれセンシティブな人ほどそれが間違っている事に気付く。しかし周囲からは「お前が間違っている」と責められ元の「幸福な生き方のレール」に戻るよう強要される。そうして身動きが取れなくなってしまった人が「ひきこもり」「準ひきこもり」という状態に陥るのではないでしょうか。

【準ひきこもりの処方箋?】
本人が間違っていると認識しているレールに無理やり乗せても前に進むはずもありません。レールは他にもあるんだと言う事に気付けば自分からそのレールに乗っかって進みだすでしょうし、それが唯一の解決方法なんじゃないかなと私は思います。少なくとも「元のレールに強制的に乗せようとする」方法はなんの解決にもならないのではないかと。
処方箋という言葉にも「外部からの対処が有効」という考え方が透けて見えるので、正確ではないかもしれません。当事者がその人自身のレールを見つけない事には無意味です。


※補足
学歴や職歴に穴があって働きたくても働き口が無い、というような問題はひきこもり問題ではなく就労問題のカテゴリになるので、その人の「レール探し」は別問題として扱います。
ブログランキング・にほんブログ村へ
▲応援クリックお願いします

テーマ : 自分らしさ - ジャンル : ライフ

昔の同級生と夕食&あらたに始める事

昨夜、通信制高校時代の同級生と会ってきました。
もう10年以上も全く連絡をとってなかったんだけど、再会できたきっかけはmixiです。たまたま私がmixiで彼を見つけてメッセージを送って、現在も割と近所に住んでいる事がわかったので「じゃあ会おう」と。
彼も元ひきこもり(不登校)で、NHKのひきこもり特集番組に出演した事もあるんです。NHKのサイトに今も顔写真とコメントが載っています。現在うつと戦いながら仕事をがんばっているそうで。

相方もうつと元ひきこもり、その他ある病気について彼と共通の話題があり少し前からmixiで彼と交流を持っていて、3人で一緒に夕食を食べながらいろいろと話しました。と言っても私は会話が苦手なので彼と相方がほとんどしゃべってましたけどねw
mixiは思いもよらない人と交流できるのが良いですよね。


話は変わって、侑摩佳彌さんとの計画について。
彼とWEBでの活動について意気投合し、何か新しい事をやってみようかという話を今しています。どんな事かまだ内緒ですが、Twitterのような交流系サイトを企画管理が侑摩さん、開発を私が担当で作ってみようかという話をしています。
私はWEBプログラミングについては素人に毛が生えた程度のスキルですが、とにかく失敗を恐れずになんでもやってみる事が大事だと思うので。
というわけで本業の合間にちょっとずつ作業を進める事になりました。
もちろん水のしずくの管理もちゃんとしますよ。

侑摩さんはかなり技術系にも明るくてCakePHPというPHPフレームワークの存在を教えてくれました。私はそんな名前は初耳で後からよく調べてみたところ、これはもしかしたらかなり良いかもしれないと思いました。
どういうものかというと、簡単に言えば「PHP」というプログラミング言語を使ったWEBサービスの開発効率を何倍にも増してくれるもの、と言えばいいでしょうか。
これをマスターすればmixiのようなSNSサイトでも数日あれば作れちゃうかもしれない。実際に人に使ってもらうサイトにするには仕様検討やデザインなどもあるのでもっと長くなるけど、プログラミングははるかに楽になりそうです。

侑摩さんも私も元ひきこもりで今でも対人関係は苦手。でも今の時代は頭の使いようしだいで「普通の人」にならなくても、彼らとは違う形で人生を送れる事を証明してみようという夢を語りました。今は「ドロップアウト、アウトロー」がメインストリームになれる時代です。
むしろドロップアウト組であった事は武器になるとも思います。「普通の人」とは違う人生を送ってきたという事は貴重な体験だし、その体験が無ければ見えなかったものもありますからね。


ブログランキング・にほんブログ村へ
▲応援クリックお願いします